Anthropic のヘルプセンターに「How Claude marks AI-generated content」(Claude は AI 生成コンテンツにどう印を付けるか)というサポート記事が公開されています。Claude が生成するテキストに目に見えない電子透かしを、生成するファイルに署名付きの来歴メタデータを付けていくという内容で、生成物を日常的に扱う筆者にとっても無関係ではないため、背景の法制度と各社の対応状況を含めて公式資料で整理しておきます。

背景 — EU AI Act 第50条と「透明性の実践規範」

出発点は EU の AI 規則(AI Act、Regulation (EU) 2024/1689)です。その第50条2項は、合成コンテンツを生成する AI システムの提供者に対して、出力への機械可読なマーキングを義務づけています。

Providers of AI systems, including general-purpose AI systems, generating synthetic audio, image, video or text content, shall ensure that the outputs of the AI system are marked in a machine-readable format and detectable as artificially generated or manipulated.

(汎用 AI システムを含む、合成の音声・画像・映像・テキストコンテンツを生成する AI システムの提供者は、当該システムの出力が機械可読な形式でマークされ、人工的に生成または操作されたものとして検出可能であることを確保しなければならない)

この条文の適用開始日が2026年8月2日でした。条文は「技術的に可能な限り効果的・相互運用可能・頑健・信頼可能」であることを求めるにとどまり、具体的な実装方法は定めていません。その実務面を埋めるために欧州委員会が策定したのが「AI 生成コンテンツの透明性に関する実践規範(Code of Practice on Transparency of AI-generated Content)」で、最終版は2026年6月10日に公表されました。実践規範への署名は任意ですが、欧州委員会と AI Board はこの規範を第50条2項・4項への準拠を示す適切な手段(adequate voluntary tool)と確認しており、署名者は個別の当局対応に代えて規範の遵守で対応できる立て付けです。

Anthropic のサポート記事は冒頭で、同社がこの実践規範に「生成 AI モデルと生成 AI システムの両方の提供者として」署名したことを明らかにし、記事自体を「その約束をどう実践に移すかの説明」と位置づけています。

Claude のマーキング — 2つの補完的な技術

Claude のマーキングは、性質の異なる2つの技術の組み合わせです。

1. テキストに埋め込む電子透かし

対応モデルがテキストを生成するとき、テキスト自体に知覚できない透かしを織り込みます。原文の説明は次のとおりです。

When a supported Claude model generates text, it weaves an imperceptible watermark directly into the text itself. You won’t see it, and it doesn’t change the meaning, quality, or readability of Claude’s response.

(対応する Claude モデルがテキストを生成するとき、知覚できない透かしをテキストそのものに直接織り込みます。目に見えず、応答の意味・品質・読みやすさを変えることもありません)

透かしはテキストの一部であるため、コピー&ペーストされても一緒に移動し、ある程度の編集を経ても残存しうるとされています。また、適用はモデルのレベルで行われるため、どの製品・画面から生成されたテキストかを問わず付与されます。ファイルのメタデータと違い「剥がす」対象になる外付けの情報を持たない、という点がこの方式の特徴です。

2. ファイルに添付する署名付き来歴メタデータ(C2PA)

Claude が .svg・.png・.jpg などの対応ファイルを生成するときは、署名付きの来歴メタデータが添付されます。これは業界横断で使われているコンテンツ来歴のオープン標準 C2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)に準拠したもので、署名付きラベルが存在すればそのファイルが Claude によって処理されたことを示し、ファイルが改ざんされていないかの検出も可能になります。

検出手段については、ユーザーや第三者が Claude の透かしとメタデータを検出できるようにする作業が進行中で、詳細は今後の技術文書で公開されるとしています。

何が対象になるか

サポート記事が挙げる適用範囲は次のとおりです。

  • モデル: 2026年8月2日以降に投入される Claude モデルは、投入時点からマーキングに対応します。それ以前のモデルには法の経過措置があり、対応追加の作業中です
  • 製品: Claude Platform(API)、Claude、Claude Code、Claude Cowork、Claude Tag と、対応モデルが使われるすべての場所が対象です。テキスト透かしはすべての生成テキストに、来歴メタデータはファイル処理に対応する場面に適用されます
  • クラウドパートナー: AWS・Google Cloud・Microsoft Foundry 経由で対応モデルを使う場合もテキスト透かしは適用されます。署名付きメタデータは各プラットフォームの機能次第で、対応しない場合があります
  • 地域: EU の法制度が発端ですが、適用は Claude が提供されるすべての地域、つまり世界共通です

マークの限界 — 何を示し、何を示さないか

サポート記事は「Limitations」の節で、マークから言えることの射程を明確にしています。この整理は Claude に限らず、この種の来歴技術全般を読み解くうえで有用です。

マークが検出された場合に言えることは「そのコンテンツが Claude によって処理された可能性がある」までであり、完全な来歴の確認ではありません。

  • Claude が原著者とは限りません。校正・翻訳・要約・ファイル変換に Claude を使えば、アイデアや本文が別の出所でも出力にはマークが付きます
  • 処理後に内容が変わっている可能性があります。マークされたコンテンツがその後に改変・抜粋・他の素材との結合を経ているかもしれません

マークが検出されない場合も、AI 生成でないことの証明にはなりません。次のような場合、Claude の生成物でも検出可能なマークを持たないことがあります。

  • マーキング対応前のモデルで生成された
  • 大幅な編集・言い換え・翻訳・他の文章との混合を経た
  • 文章が短すぎて、信頼できる信号として足りない
  • 形式変換・再保存・スクリーンショットなどでファイルのメタデータが剥がれた
  • マーキングに対応しないプラットフォーム・機能・ファイル形式で生成された

つまりマークの有無は、どちらの向きにも決定的な証拠にはならない「確率的なシグナル」として設計されています。サポート記事の末尾は、Claude を組み込んだ製品を提供する事業者に対して、第50条が自らの製品に何を求めるかを独自に評価するよう促しています。

他社の状況 — Google と OpenAI

同じ実践規範・同じ適用開始日への対応として、他社の公式資料も確認しました。

Google は電子透かし技術 SynthID を展開しています。Google DeepMind の公式ページによれば、Gemini アプリ・ウェブ版の生成テキストに透かしが適用されているほか、画像・映像(Gemini)、音声(音楽生成モデル Lyria、NotebookLM のポッドキャスト生成)にも組み込まれており、アップロードしたファイルの透かしを確認できる SynthID Detector という検証ポータルも提供されています。テキストへの透かしは、単語を生成する際の確率スコアを調整する方式と説明されています。

OpenAI はヘルプセンターの記事「Provenance signals (Content Credentials, SynthID) in OpenAI-generated content」で対応を説明しています。ChatGPT・Codex・API で生成される対応画像には C2PA メタデータと SynthID 透かしの両方が、生成音声には SynthID 透かしが付与されます。興味深いのは、OpenAI が Google 発の SynthID を採用している点と、メタデータ(詳細な情報を運べるが除去されやすい)と透かし(編集に比較的強いが情報量は少ない)を「異なる性質の補完的な信号」として明確に使い分けている点です。検証ツール openai.com/verify と検証 API も公開済みです。テキストについては、欧州委員会の実践規範への約束に沿って「テキストを含むすべてのモダリティへ来歴シグナルを拡大することが目標」と述べるにとどまり、本稿執筆時点では画像・音声が先行しています。

生成テキストへの透かしを実施済みなのは Google、これから実装するのが Anthropic と OpenAI、という状況です。一方で「書き込む側」だけでなく「読み取る側」の整備も始まっています。以前の記事で取り上げたとおり、Cloudflare は WebMCP の Content Credentials パックで、ページ内の画像の C2PA メタデータをブラウザー内で読み取ってエージェントに渡す実験を始めています。書き込む側(AI 各社)と読み取る側(ブラウザー・CDN・検証ポータル)の両輪で、来歴情報の流通経路が形になりつつあります。

まとめ

  • Anthropic は EU AI Act 第50条2項の「AI 生成コンテンツの透明性に関する実践規範」に署名し、Claude の生成物への機械可読マーキングの計画をサポート記事で公表しました。第50条2項の適用は2026年8月2日に始まっています
  • 手法は2つの組み合わせです。生成テキストにはモデルレベルで知覚できない透かしを織り込み、生成ファイル(.svg・.png・.jpg など)には C2PA 準拠の署名付き来歴メタデータを添付します
  • 2026年8月2日以降に投入されるモデルは投入時からマーキングに対応し、既存モデルへの追加も進行中です。適用は API・Claude・Claude Code などすべての製品、そして EU に限らず世界共通です
  • マークの検出が示すのは「Claude が処理した可能性」までで、原著者の特定や未改変の証明にはなりません。逆にマークがなくても AI 生成でないとは言えません。どちらの向きにも決定的でない、確率的なシグナルです
  • Google は SynthID で生成テキストへの透かしを実施済み、OpenAI は画像・音声で C2PA + SynthID を運用しテキストへの拡大を予告しており、主要各社が同じ実践規範の下で足並みを揃えつつあります

参考